その真っ黒なお湯は、手で掬うととろみがあって、もし俺が温泉というものを知らなかったら、きっと腐った水か何かだと思って敬遠していたかもしれないと思った。湯船の底は全く見えない。壁際にある吹き出し口から吐き出されて、滝みたいに湯船に落ちていくお湯は、ほんのり色がついたくらいで、商店街をあるいているおばあさんがかけている薄色のサングラスの色くらいの濃さでしかないのだが、それが湯船に溜まると、驚くほどに真っ黒になる。手をお湯の中に沈めていくと、途中から指先が見えなくなった。
この温泉は、バブルのころに建てられたリゾートマンションの一階にあって、かつては会員制のスパみたいにして運用されていたらしい。数年前に温泉施設の運営者が変わって、多少の手を加えられて再開した、というような感じで、いまは、平日はやっていなくて、祝日と土日しか営業していない。
コストコの会員証を見せると700円になるってきいたんですけど。受付にいたおばちゃんに話しかける。
コストコ?なんですかそれ?と言って、まるで話が通じない。
木更津にある会員制のスーパーなんですけど。
いや、わたしらそんなとこ行ったことないので。
うーん、でも貼ってあったんですよ、ほら。そう言っておれはスマホの画面で、会員証提示で700円、と書いてある張り紙を写真に撮った画像を見せた。これ、ここですよね?
うーん、ええと、まぁ。と、おばちゃんは煮え切らない様子で、もう一人のおばちゃんに知っているか、と声をかけるのだが、そちらも反応は煮え切らない。わたしらじゃわかんないんで、とでもいうような感じになりそうで、おれもめんどくさくなってきたので、うんと、700円でいいんですよね? と、押し切った。
あ、はい、じゃあ700円の方を券売機で買っていただいて。そうおばさんに促されて、おれは券売機のタッチパネルの700円、という方を押した。券売機の下の受け取り口から出てきた券を、ものすごい速さで奪い取るようにして、おばさんが受け取って行った。
暖簾をくぐって脱衣所に入ると、ちょうど涼しくなってきた気候と相まって、驚くほどにエアコンが効いていて、むしろ肌寒いくらいだった。ロッカーは、ダイアルで暗証番号を合わせる仕組みで、隣で鍵をかけようとしている全裸のおじさんが、うまく操作ができなくて、戸惑っていた。ロッカーは標準的なものよりもだいぶ狭くて、下駄箱のところにあった大きなロッカーに、大きな荷物はこちらに入れてください、と貼り紙がされているのも頷けるくらいの小ささだった。
鏡の前には洗面器が2つあるが、そのうちの一つは、故障中の張り紙がしてあって、水栓の部分が折れたようにしてボウルの中に横たわっていた。
浴室は、思っていたよりもぜんぜん綺麗だった。口コミで、いろいろと悪評も読んでいたので、すこし覚悟はしていたのだが、いい意味で予想を裏切る、小綺麗な感じだった。ちょうど暮れ始めた外の光が、すりガラス越しに差し込んでいて、綺麗だった。サウナはわりとあたらしく作られたものみたいだが、ほかの湯船とか床とかもそこまで古びた様子はなくて、居心地は悪くなかった。お湯は、真っ黒で、とろりと肌にまとわりつくような湯触りだ。体が冷えていたというわけではないが、芯からほぐれていくような、いいお湯だった。祝日とはいえ、あまり混んでもいなくて、しばらくしたら、ほとんどみんな出ていってしまい、お湯に浸かっているのは俺一人になってしまった。サウナは、電気式のもので、そう大したものではなさそうだったが、ロウリュしてOKなようだったので、手桶にくんできた水をサウナストーンにかけると、そこそこの蒸気がでて、狭いサウナ室は一気に温度が上がった。空気は熱を伝えにくい、ということを体で感じながら、汗を流した。俺がサウナに入ったのとおなじくらいに、さっき脱衣室でロッカーの鍵を閉めるのに手間取っていたおじさんが入ってきた。俺は上の段に、おじさんは下の段に座っていた。ロウリュをしてからは露骨に温度が上がったので、おじさんも汗をダラダラかいていたし、だんだん体をもじもじと動かしたりし始めていた。こんなことで競ってもなんにもならないのだが、俺は上の段、おじさんは下の段、というハンデがあるとはいえ、できればおじさんにサウナ在室時間で負けたくなくて、おじさんが出ていくのを待っていた。心拍数が上がってきているのは感じていたし、けっこう辛くなってきて、そろそろ出たいと俺は思い始めていたのだが、おじさんがなかなか出ないので、我慢して座り続けていた。このままおじさんがでていかなくて、俺も我慢して入り続けていて、それでもし俺が倒れたりしたらどうしよう、などとすこし不安に思いながら、でもまだいける、と耐え続けていたら、あたらしくサウナ室に緑の手拭いをもったおじさんが入ってきて、それをきっかけに、先にいたおじさんはサウナを出ていった。一呼吸おいてから俺もサウナを出た。
水風呂は、水位が半分くらいになっていたし、あんまり冷たくもなかったが、悪くなかった。水風呂につかってぼんやりしていると、背の高いおじいさんが新しく浴室に入ってきた。おじいさんのお腹にはヘソの上あたりに、みかんくらいの大きさの黒ずみがあって、はじめは変な刺青かと思ったのだが、近づくと、それは大きなシミのようなホクロに、白髪になった体毛が生えているものだった。ホクロとかシミに生える毛はなぜか長く伸びることが多いが、おじいさんも、そのぶぶんだけ、長い毛が何本も生えていて、マントヒヒの顔のような模様になっていた。その毛を剃ったりしようとは思わないのだろうか。かつては剃ったりしていたこともあったのだろうか。などという考えても仕方がないようなことを考えながら、俺は水風呂に浸かりづづけていた。おじいさんは体を流してから、黒湯につかり、排水溝に痰を吐いたりしていた。俺も水風呂からでて黒湯に移ったのだが、しばらくすると、おじいさんはお湯から出て、水風呂の隣に落ちていたホースの先端を水風呂の中に放り込み、水道の栓をあけた。水風呂に水を足しているのだ、ということがすぐにわかった。
そのあとにおじいさんはサウナに入ると、壁にかけられたサウナのリモコンをなにやら操作してた。このひとは施設の関係者なのだろうか、などと少し思ったりもしたが、純粋にサウナやらお湯やらを堪能しているようだったし、何者なのよくわからなかった。俺も黒湯を出て、サウナに入った。リモコンの表示はさっきとは違って、ロウリュをしていない室内の温度も、さっきよりは暖まっているように感じだ。
これ、電源きれてたんですか? しばらく無言でおじいさんと並んでサウナに入っていたのだが、不意に、俺はそう聞いてみた。
そう、勝手に切れちゃうんですよ、タイマーで。だからさ、ほんとは見回りに来た時にやってほしいんだけど、あの人たちはそんなことはしてくれないからね。とおじいさんはすこし笑いながら答えてくれた。どうりでぬるかったわけだ、と思いながら、おれはそのままおじいさんにいろいろと話を聞いた。オーナーが変わるまえはしばらくやる人がいなくて営業が休みだったこととか、いまサウナが置いてあるところには、以前はトルコ風呂があったんだよ、とか、おじいさんは教えてくれた。トルコ風呂、というのはソープランドの旧称だったはずだがと俺は話を聞きながら思ったが、首から上を外に出すタイプの蒸し風呂のことだとおじいさんは説明してくれた。
ここの関係者の方とかなんですか? サウナの電源が切れていてもそのままになっていたり、水風呂の水位が半分くらいになっていたりするのをセルフサービスで改善していたので、おじいさんはもしかするとここのオーナーかなにかの関係者なのかもしれない、と思って聞いてみたが、ただの長年通っている客とのことだった。あいつらはシチブだから。受付のおばさんに全然話が通じなかったこととか、サウナといい水風呂といい、ずいぶんとセルフサービスなのだな、ということについての話になって、おじいちゃんは、受付のおばさんたちのことをそう説明した。あいつらはシチブ、とう表現にはあまり聞き馴染みがなかったが、なんとなく、昔の言い回しで、知能が普通の人の7割くらい、というような意味合いなのだろう、ということがすぐに想像できた。俺は、会話の文脈からも、なんとなくわかったが、シチブ、という表現は、いまとなっては差別的な物言いともなりえるし、全く一般的ではないので、わからない日本人も多いかもしれない。知り合いのポルトガル人が、今取り組んでいる日本語検定の問題と回答をインスタに最近ときどきあげたりしていて、それをみていると、改めて、日本語というのは学びにくい言語なのかもしれないなぁ、と思ったりもしていたが、あいつらはシチブだから、という表現は、日本語ネイティブでもわからないひとにはわからないだろうし、トルコ風呂といい、古い世代の日本語って、おもしろいなぁと思った。
おにぎりかなんかで働かされてんでしょうね。その後も、この銭湯の運営についていろいろと話していたら、受付の役に立たないおばちゃんふたりは、きっと給料はお金ではなくて、おにぎりかなんかなのだろう、というようなことを半分ジョークでおじいさんは言っていた。おにぎりで働かされる、というニュアンスが面白くて、俺はけっこう気に入ってしまった。実際にそうなのかどうかは知らないにせよ、そうかこいつらはおにぎりしかもらっていないんだな、と思うと、急に、全部許せるような気がしてきたし、口コミに接客のことをたらたら書いているひとたちは、なんにもわかっていないのだろう、という思いが、妙に強まってきた。
窓の外がどんどん暮れていく。開け放った窓から吹き込む風が冷たくて心地がよい。過ぎて行った、冬のことを思い出す。9月や10月の、暑さが去ったあとの過ごしやすい季節を過ごすうちに、ある朝、家の外に出て急な寒さに驚く。そして気がつくとどんどん寒くなっていて、あわてて冬物を引っ張り出す。暑くなるときだって、急だ。ある日急に、これはもう短パンとサンダルだ、と気がついて服を変える。季節の変わり目には風邪をひいたりしやすい。いまはまだ、短パンにTシャツで過ごせる気候だが、もうちょっとすると、夜はそれでは厳しくなってくる。夏が終わってしまう。今年の夏を振り返って、あんまり夏らしいことをしなかったなぁ、とか、それどころではない暑さだったよなぁ、とか、黒いお湯に浸かりながら考えていると、もうすでに夏が随分と昔に過ぎ去ってしまったもののように思えてきた。すこし涼しくなったのはほんのここ数日のことで、その前は毎日が外にいるだけで汗が吹き出すような酷暑だったというのに。冬は、寒くてつらい。どちらかというと俺は夏の方が好きだが、そうは言っても、冬には冬の良さがあるとは思う。ひんやり冷たい空気の中で、温かい飲み物を飲んだり、温泉であたたまったり、おでんを突きながら酒を飲んだり、そういうのも、なんだかんだで悪くない。いろいろな人と行った冬の温泉を思い出す。死んでしまった人もいるし、いまではもう交流がなくなってしまった人もいる。色々な人と、色々なところで、色々な冬を過ごしてきた。越冬という表現もあるが、昔は、冬というのはなんとか乗り越えるものだったのかもしれない。そんなことを言ったら、夏だって暑さで人が死んだりもするし、夏というのも、なんとか乗り越えるものなのかもしれないが、なんとなく、つらくて厳しい冬、という方がイメージ的にしっくり来る。背筋が張り詰めるような寒さは、その渦中にいると憎くさえもあるのだが、こうして夏が過ぎたばかりの時期には、ちょっと恋しく思えてさえ来るから、不思議だ。日中は暑かったのに、夜は寒い、というような季節がもうすぐやってくる。夏は汗をかき過ぎたときのために予備の着替えを持って行ったりするが、冬は、着込む服をたくさん用意しなければならなくなる。
おれは黒湯から出て、またサウナに戻ったおじいさんに挨拶をしてから浴場を出た。受付のところにはあいかわらずおばさんがふたりいて、暇そうにしていた。言葉遣いは丁寧だが、来客者への案内が、妙に的を得ていない。マンションのエントランスには立派なレセプションカウンターがあるが、誰も人はいない。時代がかったシャンデリアのような照明が天井からぶら下がっている。
外に出ると、ちょうど日が沈んだところだった。西の空はまだ眩しく光を残している。マンションの方を振り返ると、クラシカルでレトロな作りの建物が、暗くなった空に向かって、聳え立っていた。もう2度とこんなところには来ない、と口コミに書いている人もいたが、お湯の良さから、また営業しているタイミングで来ることができたなら、ぜひ訪れたいな、と思った。
吹き抜ける風が、肌寒い。まだ秋も来ていないというのに、冬のことを考えていたが、ほんとうに、瞬きを何度かしたら、もう冬になっているのだろう。今年産まれた0歳児にとっては、初めて迎える冬になる。夏も暑くて大変だったけど、冬だって寒くて大変だ。この国の気候は、なんだってこんなに過酷なものになってしまったのだろうか。
季節が変わると、海の匂いも変わる。